春日倫さん(グループオフィス戦略室)×橋本葉子さん(グループオフィス戦略室)
2026.03.31
社員ファーストを重視した、
前例のない規模の
新本社移転プロジェクト
INTRODUCTION
新本社移転において、プロジェクトの中心的な役割を担ったのがグループオフィス戦略室です。2022年の移転決定以降、トライアルオフィスの運営をはじめ、新本社のコンセプト策定、空間設計、社内外との調整など、移転に関わるあらゆる業務を一手に引き受けてきました。
社内はもちろん、社外のさまざまなパートナー会社とも密に連携しながら、さまざまな意見や要望を取りまとめ、グループ8社、約3,500人の移転と、新しい働き方を支える環境整備や空間づくりをどのようにして推進してきたのでしょうか。野村不動産 グループオフィス戦略室部長の春日倫さん、グループオフィス戦略室推進課長の橋本葉子さんに、語っていただきました。
社内ネットワークの広さが、移転推進の大きな原動力に
――新本社移転の理由・目的について教えてください。
春日倫さん(以下、春日):新本社移転の検討が始まったのは2019年のことでした。長年拠点としてきた新宿野村ビルは、入居当時から約50年の間に社員数・グループ会社の規模ともに大きく拡大し、気づけばビル内の約20フロアに分散していました。それでも収まり切らず、周辺ビルにも拠点を構えるようになり、物理的な分散が進んでいたのです。
その結果、グループ会社間はもちろん、同じ組織であってもフロアが異なることでコミュニケーションが取りづらい状況が生まれていました。これが、移転を検討する大きな理由となりました。
約50年ぶりとなる本社移転であり、対象はグループ8社、約3,500名。単なる「引っ越し」ではなく、野村不動産グループが次のステージへ進むためのきっかけにしたい。そんな強い思いを込めながら、移転準備を進めてきました。
――いつからどのように関わってこられたのでしょうか。
春日:移転が決まったのは2022年3月の取締役会です。社内も含めてリリースされたのが2022年の5月、橋本が同年7月に、私が10月に着任しました。担当業務としては、移転プロジェクトの全体に関わりました。
橋本葉子さん(以下、橋本):トライアルオフィスの立ち上げ・運営をはじめ、提供するサービスの検討から、新本社の企画・設計、コンセプト、社内調整、運営・ルール、導入するデジタル・アート・グリーンの選定まで、移転に関わるあらゆる領域の方向性を一貫して策定してきました。いわば、移転プロジェクト全体を統括するPMO(Project Management Office)の役割を担っていたと言えます。
春日:グループオフィス戦略室は、兼務も含めて8名。そこに移転推進メンバー約20名に加え、各部から約200名の担当者が参画し、さまざまな形で力を貸してくださいました。
野村不動産グループオフィス戦略室長
1992年入社。住宅営業、人事部、ビル運営、資産運用部門を経て、2022年10月から現職。
――移転推進は、まず何から始めていったのですか?
橋本:最初に取り組んだのは、移転のコンセプトづくりでした。そのために、まず役員へのインタビューを実施し、移転に込めたい思いや方向性を丁寧にヒアリングしました。そのうえで、社員アンケートの結果を分析し、現場が抱える課題を洗い出していきました。
当初から大きなテーマとして挙がっていたのは「コミュニケーションの分断」ですが、それ以外にも多くの課題が見えてきました。これらを整理し、プロポーザルの要項書としてまとめていきました。
<抽出された主な課題>
・執務環境が快適でない。
・テレワークの進展により顕在化した課題。
・つながる場、集う場としての機能が不十分。
・グループシナジーが十分に発揮できていない。
・クリエイティブな仕事に時間を活用できない。
春日:そのプロポーザルを経て、小堀哲夫さんによる「UZU」というコンセプトが採用され、執務エリアの空間設計が本格的に進み始めました。来客エリアについては日建設計さんに依頼することになりました。
――このプロジェクトにおいて、ご自身のどんなキャリアやスキルが生きると思いましたか?
春日:私は以前、野村不動産投資顧問という、不動産ファンド系の業務を担うグループ会社に16年在籍していました。オフィスビルの運営に長く携わってきた経験があり、その知見が現在の業務にも生きていると感じています。また、新卒で野村不動産に入社してから複数の部署を経験する中で、社内に顔見知りが増え、自然とネットワークが広がっていきました。こうしたバックグラウンドや人とのつながりの広さも、オフィス戦略室への異動につながった理由の一つではないかと思っています。
橋本:私はこれまで、「プラウド」の10周年記念イベントの事務局や、人事部でダイバーシティのタスクフォース業務など、いわゆる事務局系の仕事を担当してきました。オフィス戦略室に加わったのは、ちょうどトライアルオフィスが始まる直前のタイミングです。おそらく、各社や各本部の企画室と連携しながら運営を調整する“事務局的な役割”を期待されての異動だったのだろうと感じています。
確かに大変な部署ではありますが、これほど大規模な移転プロジェクトに関われる機会は、人生の中でもそう多くありません。その経験を積めること自体が純粋に嬉しかったですね。また、人事時代にさまざまな本部やグループ会社の方々とつながりができていたこともあり、そのネットワークが今回の業務を進めるうえで大きな強みになったと感じています。
野村不動産 グループオフィス戦略室 推進課長
住宅(営業推進)、人事(ダイバーシティ推進担当)都市開発(ビル営業・プロモーション)に在籍した後、2022年にグループオフィス戦略室へ異動。「組織を越えて繋がりの輪が広がり、組織間連携や事業協力が活性化するオフィス」を目指して本社移転PJに取り組んでいる。
トライアルオフィスでの経験が、移転後のスムーズな定着を後押し
――トライアルオフィスは何年ぐらいかけて実証したのでしょうか。
春日:2022年10月から2025年4月までの間に、移転対象のすべての部署が2ターンずつトライアルオフィスを経験しました。トライアルオフィスを実施した理由は大きく2つあります。
1つ目は、移転時の混乱をできるだけ避けるためです。本社の場所が変わる、働き方が変わるというのは、社員にとって大きなギャップがあります。いきなり新しい環境でスタートするのではなく、浜松町という場所に慣れてもらい、フリーアドレスに近い働き方を体験してもらう“中間ステップ”として位置づけました。
2つ目は、社員に実際に試してもらい、そのフィードバックを新本社の企画・設計に最大限反映させるためです。現場の声を取り入れながら改善を重ねることで、移転後の働き方がよりスムーズに定着するように工夫しました。
橋本:私は以前、H¹Oというサービスオフィスの営業・運営を担当していました。その中で培ったノウハウを生かしながら、今回の移転に向けた仕組みづくりを進めていきました。たとえば、カフェを導入したり、ビジネスサポート業務をアウトソーシングしたりといったアイデアは、まさにH¹Oでの経験から生まれたものです。
春日:トライアルオフィスでは社員の皆様も混乱が多かったようで、実に多くの意見や不満の声が私たちのもとに寄せられました。新宿に本社を残しつつ浜松町との2拠点での勤務となり、通勤時間が長くなる方も多く、ご負担をかけたと感じています。
橋本:トライアルオフィスでは、数々の“失敗”を経験できたことが、むしろ大きな収穫だったと感じています。たとえば、デジタル機器の選定や内装の色づかいについては、ビビッドな色よりアースカラーの方が落ち着く、緑があり海が見えるエリアの方が在席率が高い、什器はデザイン性より機能性が重要、といった具体的な気づきが得られました。オフィスチェアについても、トライアルで寄せられた声を踏まえて社員アンケートを実施し、上位に選ばれたものを採用しています。
新宿野村ビルでは、部署ごとに島型の固定席で働くスタイルが長く続いていたため、いきなりフリーアドレスに移行していたら、相当な混乱が生じていたと思います。トライアルでの経験を通じて、「グループアドレスにしよう」「その規模感はどれくらいが適切か」「ホームエリアで部門のチームワークを保ちつつ、シェアエリアで交流が生まれる設計にしよう」といった方向性が固まりました。
社員の皆さんが実際に体験し、そこから得たリアルなフィードバックをたくさん届けてくれたおかげで、新本社の機能に多くの学びを反映することができました。その結果、移転後は大きな混乱もなく、スムーズに新しい働き方へ移行できたと感じています。
春日:トライアルの時に聞いた社員からの声が、ある意味トラウマになっていたので、新本社に来たらどんなことになるかと身構えていましたが、移転後は皆さんが自然な感じで働き始めていました。それもトライアルというプロセスがあったからかなと思います。
トライアルの時に寄せられた社員の皆さんの声が、ある意味で“トラウマ”のように残っていたこともあり、新本社に移った後はどんな大きな混乱が起きるのかと身構えていました。ところが実際には、皆さんがごく自然に新しい環境で働き始めていました。やはり、あのトライアルというプロセスがあったからこそ、スムーズに移行できたのだと感じています。
――他に印象に残っていることはありますか?
春日:とにかく常に時間に追われていて、経営層の意見を聞きながら、現場の社員の気持ちにも寄り添い、ひたすら調整を重ねる毎日でした。これだけの規模の移転となると、決めなければならないことも、準備しなければならないことも本当に多く、一つ一つを積み上げていくしかありませんでした。
橋本:私は、引っ越し直前の時期がいちばんしんどかったですね。4月頃にメンバーが入れ替わり、設計も運営も自分たちで回さなくてはならなくなって、そこから移転までの記憶がほとんどないくらい慌ただしく過ごしました。
それでも乗り越えられたのは、社内外のパートナーの皆さんに本当に助けてもらえたからです。移転推進メンバーが社内への発信を一手に担ってくれましたし、社外約40社とのリレーションも、皆さんがとても協力的で、ただただ救われました。移転推進メンバーをはじめ、あの方々がいなかったらどうなっていたかと思うほどです。
いきなり満点を目指すのではなく、「やるべきことをきちんと精査して、一つずつ進めていこう」と気持ちを切り替えられたことも大きかったですね。その姿勢が、結果的にプロジェクト全体を前に進める力になったと感じています。
「社員目線」を重視したことで、働きやすい環境に
――そんな状況の中で、大切にしてきたことは何ですか?
春日:業務範囲がとても広い中で、自分はどこに向かって、何を成し遂げるべきなのか――。そんなことを何度も立ち返りながら進めてきました。最終的には、「これは会社のためであり、社員のためでもある」という原点に戻ることで、迷わずに前へ進むことができたのだと思います。
橋本:判断基準として常に意識していたのは、「それは本当に社員のためになっているのか」「パフォーマンスを発揮できる環境づくりにつながっているのか」という視点でした。すべてをその通りに実現できたわけではありませんが、どんな場面でも一度立ち止まり、この視点から考えることを大切にしてきました。
同じくらい重視していたのが、率直に意見を言い合える関係性をつくることです。できる限り裏表のない、本音をぶつけ合える環境にしたいと思っていました。気兼ねなく、それぞれが良いと思う意見を述べられる場でありたい。そして何より、メンバー全員が“楽しみながら”プロジェクトを進められるようにしたかったんです。苦しい中にも楽しさがあり、辛さの先に確かな成長がある――そんな経験を互いに共有したいと考えていました。
だからこそ、一緒に仕事をする方々とは腹を割って話すことを何より大切にしてきました。それはこのプロジェクトに限った話ではなく、私が常に意識していることかもしれません。
――移転後、社員の皆さんの反応や反響はいかがですか?
春日:不平不満が思ったより少なく、何も言われないという状況は、むしろ良い結果の表れだと受け止めています。現在も定期的にアンケートを実施していますが、内装がきれいで先進的、天井が高く眺望が良いことで開放感がある、植栽が多く癒やし効果があるなど、オフィス環境への満足度は総じて高いようです。
また、フリーアドレスや共用スペースのカフェのおかげで、これまで接点の少なかった他部署や役員の方と顔を合わせる機会が増え、「偶発的なコミュニケーションが生まれた」「相談しやすくなった」といった声も寄せられています。さらに、28階のフィットネスクラブやサウナなどの共用部についても、利用している社員からは非常に高い評価をいただいています。
嬉しいことに、新本社を見学したいという問い合わせがさまざまな企業から寄せられ、案内する機会も増えました。「いろいろな思いや考えが形になったオフィスですね」「こういう効果を狙ってこのスペースを作ったんですね」といった感想をいただけるのは、本当にありがたいことです。
一方で、トライアルオフィスというプロセスを経たとはいえ、まだ誰がどこにいるかわからないことやフリーアドレスに不安を抱いている社員もいます。当初の課題がすべて解決したわけではなく、むしろ移転してからが本当のスタートだと感じています。
橋本:そうですね、当初の課題に対して、すべてクリアできているわけではありませんが、課題解決に向けて動き出していると感じています。「つながる場」や「集う場」についても、実際にオープンしてみると想像以上に高稼働で、こちらがイベントを仕掛けなくても、社員が自発的に活用している様子を見ると、作って本当に良かったと思えました。
ただ、グループシナジーを生み出したり、クリエイティブな時間を増やしたりすることは、環境を整えただけではすぐに解決できるものではありません。だからこそ、ここからどう運用していくか、どうステップアップしていくかが大事だと考えています。また、環境を整えるだけでは前に進まないこともありますので、そのあたりは他の部店と連携を取りながら進めていきたいと思います。環境を“使いこなしていく”フェーズに入った今、次の成長をどう描くかが問われているのだと思います。
野村不動産グループの未来をどう作っていくか
――今後、どのようなオフィスにしていきたいとお考えですか?
橋本:社員が実際に使い始めてからこそ、オフィスに“血が通い”、本当の意味で機能し始めるフェーズだと感じています。働き方が変われば、求められる環境も変わっていくものです。だからこそ、オフィスは一度つくって終わりではなく、変化に合わせて進化させ続ける必要があります。
そして、環境面だけでなく、私たちが目指す方向に向かうためにどのような運用が必要なのか、社員への浸透・啓蒙をどう促していくのか――そうした視点もこれからしっかりと検討していきたいと思っています。
社員がパフォーマンスを発揮しやすい環境であることは大前提ですが、それだけでなく、会社として成長し続けるために必要な変化であれば、柔軟に見直し、より良い形にアップデートしていくことも重要だと考えています。
そのうえで、成長に向けた機能性を備えつつ、社員にとっても居心地のよい場所であること——その両立を目指したい。進化し続けるオフィスを、社員と一緒に育てていけたら嬉しいですね。
春日:冒頭でもお話ししたように、今回の移転の目的は、野村不動産グループ全体がさらなるステージへ進むための基盤づくりにあります。その手段の一つとして、グループ8社が一堂に集まり、連携をより強化していくことを目指しています。
まずは顔見知りを増やし、気軽に相談できる環境をつくること。その積み重ねが、最終的には具体的な事業につながっていくはずです。グループ会社同士の連携が具体的なプロジェクトや新しい領域への挑戦につながり、今までになかった発想や着想が生まれ、それが実際の事業として成果につながる——そんな未来をゴールとして描いています。
オフィス内の使われ方や変化の兆しを丁寧に見ながら、必要に応じて運用やレイアウトを見直し、その時々で望まれる状態にアップデートしていきたいと考えています。オフィスが“生きている場所”として進化し続けることが、グループ全体の成長にもつながると感じています。
橋本:そうした効果を期待して、執務エリアはあえて“強制的に”壁をなくし、まっすぐ歩けないような動線にしました。人が自然と交差し、視線が交わり、会話が生まれるように設計したんです。これは本当に良いトライだったと思っています。実際に使われている様子を見ると、その狙いがしっかり機能していると感じます。
――グループオフィス戦略室としての今後について教えてください。
橋本:CROSS-BORDER、つまり垣根を越えていくことを実現するために、こちらからも積極的にコラボレーションの仕掛けをつくっていきたいと考えています。まずは私たちが動き、交流のきっかけや接点を生み出す。その積み重ねが、やがて社員の皆さん自身が自主的にCROSS-BORDERを体現していく流れにつながるはずです。
最終的には、自然と部署や会社の枠を超えて協働が生まれ、新しい価値や発想が育っていくような状態を目指しています。
春日:今回の新本社移転は、単に場所を移して終わり、というものではありません。「CROSS-BORDER For Tomorrow」というコンセプトのもと、働き方の進化やグループ連携の強化を後押しし、最終的には各現場が自走できる状態をつくる、そこまでが私たちの役割だと考えています。
プロジェクトが始まった当初は、私たちが起点となって全社に働きかけ、変化を促してきました。しかしこれからは、各現場が自ら判断し、主体的に動いていけるようになることが大切だと思っています。オフィスという“器”を整えただけでなく、その器をどう使いこなし、どう価値につなげていくか。その流れを現場自身がつくり出せるようになることが、移転の本当の成功だと感じています。